二〇一四年師走十五日

米軍をも恐れさせた、帝國海軍の最後の切り札!局地戦闘機「震電」

今回は第二次世界大戦末期、
大日本帝国海軍が開発していた局地戦闘機「震電」についての特集です

震電

 


【カタログスペック】

概要
用途 局地戦闘機
乗員 1 名
初飛行 1945年8月3日
運用開始 運用に至らず
メーカー 九州飛行機株式会社
     海軍航空技術廠
寸法
全長 9.76m
全幅 11.114m
全高 3.55m
主翼面積 20.50m2
重量
空虚 3,525kg
運用 4,950kg
最大離陸 5,272kg
滑走距離
離陸 560m
着陸 580m
動力
エンジン 三菱重工業製 ハ-43-42(MK9D改) 星形複列18気筒
     (燃料噴射式・延長軸・強制空冷・フルカン接手過給機)
出力 2130HP 1590kW 性能(計画値)
性能
最大速度 750km/h (高度8,700m時)
巡航速度 425km/h
航続距離 1000~2000km (装備によって変化)
実用上昇限度 12000m
上昇率 750m/min
武装
機関銃 五式 30mm 固定機銃一型乙x4
(機銃一門あたり弾丸60発携行、発射速度は毎秒6発から9発)
訓練用 7.9mm 固定機銃×2 写真銃×1
爆弾 60kg×4 30 kg×4 いずれか or 混載
 
     震電 - wikipedia より引用



震電は、高度10000mを飛ぶ、B29爆撃機の迎撃用として設計されました

本機の独特的な特徴といえば、やはり"エンテ型"かつ"推進式"だったということでしょう
これらの大きなメリットは、前部にエンジン…つまりプロペラを
装着しないので、重武装にすることができた。という点です

1945年6月に、試作機が完成し、同年8月に数度、試験飛行を行った後に終戦となり
実戦に投入されることはありませんでした

戦後、米軍によって試験飛行が行われており、
その時に搭乗したパイロットは、「この機体が実用化されなくてよかった」と述べ、 
米軍からも高い評価を得ていたことを窺わさせます

もしも、実戦への投入が間に合っていたら…と
実用化の遅れが悔やまれる兵器の一つです 

 


 

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vaccine131 at 23:03コメント(0)軍事 

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